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SNSを離れるのが怖い人に。JOMOとは何かを知ると変わること

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気づけばSNSやニュースを追い続けている。そんな毎日のなかで、ふと情報から離れた時間に心が軽くなったことはないだろうか。

 

現代は「つながること」が当たり前の時代です。いつでも誰かと連絡が取れ、世界中の出来事をリアルタイムで知ることができる。しかし、その便利さは同時に、「常に追い続けなければならない」という感覚も生み出した。

 

話題に乗り遅れたくない。知らないことがあると不安になる。そんな気持ちが強くなる一方で、あえて情報の流れから離れたときに安心感を覚える人もいる。この一見矛盾した感覚を説明する言葉として、近年注目されているのが「JOMO」という言葉がある。

 

JOMOとは何か

 

JOMOとは「Joy of Missing Out」の頭文字をとった言葉で、「取り残されることの喜び」と訳される。話題の出来事や流行、SNSの更新に乗り遅れることを恐れるのではなく、そこから意図的に離れることに満足を見出す状態を指す。

 

この言葉が初めて登場したのは2012年、テクノロジー企業Glitchのアニル・ダッシュが自身のブログに書いた文章のなかだった。家族と静かな夜を過ごすためにイベントを断ったとき、その選択を後悔するどころか充足感を覚えたという体験から生まれた言葉です。

 

対義語にあたるFOMO(Fear of Missing Out=取り残されることへの恐怖)が広まるにつれ、JOMOはその反動として注目されるようになった。

 

FOMOとJOMOの違い

 

FOMOが「乗り遅れてはいけない」という外からの圧力に動かされるのに対し、JOMOは「これでいい」という内側からの選択に根ざしている。

 

ワシントン州立大学の心理学者バリーらが2023年に発表した研究では、JOMOを「他者や社会的な要求から切り離された時間を楽しむこと」と定義したうえで、JOMOを感じやすい人ほど生活満足度が高く、社会的不安が低い傾向があることを示しています(Barry et al., 2023, *Telematics and Informatics Reports*, DOI: 10.1016/j.teler.2023.100054)。

 

だが同研究はひとつの重要な事実も明らかにしている。JOMOを本当に感じられる人は、思いのほか少ないことである。SNSとの距離を置くことに罪悪感や不安を覚える人が多く、切り離しの行為と心理的な充足が結びつくまでには、ある種の内側の変化が必要といえる。

 

JOMOが難しい理由

 

なぜJOMOが難しいか。それは、FOMOを感じている状態でSNSを閉じるのは、不安を抱えたまま情報源を断つことになる。だからこそ、単なる意志の問題として片づけるのは的外れといえる。

 

心理学では、人は「やらされている」と感じるよりも、「自分で選んだ」と感じるときのほうが満足しやすいことが知られています。JOMOが心地よさにつながるのも、自分の気持ちに従って選んでいるときです。

 

「SNSを見ないようにする」のも、誰かに言われたからではなく、「今日は静かに過ごしたい」と自分で決めたときのほうが、心は満たされやすい。

 

JOMOは習慣ではなく姿勢に近い。何かを見逃すことへの恐怖が薄れ、今ここにある時間に意味を見出せるようになったとき、自然と生まれてくる。

 

自分で選んだ孤独がもたらすもの

 

孤独の研究者たちは長らく、孤独には二種類あることを指摘してきました。望まずして訪れる孤立と、自ら選んだ独りの時間。前者は心身に悪影響を及ぼすことがある一方、後者は創造性や内省を育むことが知られています。

 

JOMOが持つ意味は、この「自ら選んだ孤独」に近い。情報の波から離れ、誰かの動向を追うことをやめ、自分のペースで今日という時間を過ごす。そのとき、人は自分の感覚に耳を傾けやすくなるのではないでしょうか。

 

何かを作る、何かを育てる、あるいはただ考える。そういった時間は、常時接続の状態では生まれにくい。FOMOに駆られているかぎり、目の前にあるものより「見逃しているかもしれないもの」の方が気になり続けてしまう。

 

JOMOは、我慢ではない

 

JOMOを誤解してSNSを禁止したり、通知をすべてオフにしたりするのは、手段と目的を取り違えている可能性がある。大切なのは「見逃すこと」自体ではなく、「見逃しても平気でいられる自分」との関係です。

 

アメリカでの調査では、FOMOを経験したことがある人が51%だったのに対し、JOMOを経験したことがあると答えた人は66%に上った。多くの人がすでにJOMOに近い状態を体験しているということは、それが特別な能力ではなく、誰にでも訪れうる感覚ということを示しています。

 

問題は、その感覚をどれだけ意識的に育てられるかにあります。SNSを開かなかった夜の清々しさを、偶然のものとして流すか、それとも「これが自分にとって心地よい状態」と認識するか。その小さな差が、積み重なると大きく違ってくるでしょう。

 

参考文献

Barry, C. T., Smith, E. E., Murphy, M. B., Halter, B. M., & Briggs, J. (2023). JOMO: Joy of Missing Out and its Association with Social Media Use, Self-Perception, and Mental Health. *Telematics and Informatics Reports*, 10, 100054. https://doi.org/10.1016/j.teler.2023.100054

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