思考法

【先がある】課題の分離は他人に冷たく、無関心なのか

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課題の分離は自分の課題に集中し、他人への介入を許さない。

「自分は自分、他人は他人」って感じがして冷たくない?

 

こんな疑問に答えます。

 

こんにちは、かわしんです

 

課題の分離は「これは誰の課題なのか?」という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離し、最終的にコミットする人物を考えます。

 

この記事では課題の分離について、本当の意味と他者の課題への向き合い方を解説しています。

 

課題の分離には続きがある

 

結論から言うと、課題の分離は対人関係の悩みを解決する一概念ですが、あくまでスタートラインです。複雑な人間関係にまつわる認識をリセットして、元の状態にするための方法に過ぎません。

 

フラットにするまでなので、そこからの行動は自分の選択次第

 

あらゆる対人関係のトラブルは

 

他者の課題に土足で踏み込む

自分の課題に土足で踏み込まれる

 

この2つ。

 

ならば自分の課題に土足で踏み込まれないようにして、他者の課題に踏み込まない(無関心)を貫く、「個人主義」の側面を見いだしても無理はありません。

 

しかし、アドラー心理学は他者と共に生きることが前提です。よりよい形での協働と協力を目指しています。他者を仲間と捉え、家族や職場に対して貢献してこそ課題の分離は効力を発揮します。

 

他人への無関心を貫くものではない

 

他者の課題への向き合い方

 

とはいえ自分の課題に集中していても他人の目は気になるし、他人の行動に口を出したくなる

 

対処法は「他者の課題」を「共同の課題」にして、部分的に引き受けることです。肩代わりはしないが、相談や支援はする。

 

他者の幸せを考えて、今の自分にできる精一杯の協力はする。その結果として失望されたり、嫌われたりしても仕方のない。例えば家事では「妻の仕事」と他者の課題として切り離すのではなく、共同の課題として分担する。

 

頼まれもしないのに相手の課題に対して土足で踏み込んでは、甘やかしや過干渉になります。子供によく使われる「あなたのことを思って」は裏に世間体や見栄、場合によっては支配欲など自分の都合が優先されています。

 

信頼が鍵です。信頼していれば強要しません

 

子供はその欺瞞を察知して反発してきます。勉強を例にすると強要ではなく、「なぜ勉強するのか」を教える。信頼し、見守っていきます。また介入では「自分はできないこと」を突きつけられ、自尊心が育ちません。自分の中での価値観の変容や成長がなく、「勉強」の尊さもわかりません。

 

魚を与えるのではなく、釣り方を教えないといけない

 

当事者が勉強をするかは、当事者の問題です。あなたができるのはその人を動かすために、要望と説得をするところまでです。当事者は「自分の未来に向けた目標へ、行動選択と決断」という自分の課題と向き合っています。

 

【課題の分離は冷たいのか】まとめ

 

課題の分離は個性や他者の課題を尊重し、より良い協力姿勢を追求する技法です。他人に対して冷たく、また無関心を貫く姿勢ではありません。各自が自分の課題に集中して、他者の課題に口出しをしないにも限界があります。横の関係を保ち、ひとりひとりの責任を持って、権利を主張できます。

 

また他者の課題について本人の意向を無視し、変容を強要したところで強烈な反発がやってくるだけです。馬を水辺に連れて行くことはできても、呑ませることはできません。

 

自分と他者の課題の境界線を知って、人間関係をシンプルにする。そうでないと他人について考える余裕がなくなります。無関心を貫いて自分の課題だけしても他者を思いやることはできない、逆に他者の信頼や期待を背負続けては自分が壊れてしまう。

 

まずは人間関係をフラットにする。そこから他人を見守り、支援するかはあなたの選択です。

 

課題の分離についてはこちらの記事で読むことができます。(無料)

https://diamond.jp/articles/-/226815](https://diamond.jp/articles/-/226815

 

併せてご覧ください。

 

では、また。

 

 

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