思考法

【最強の責任回避術】積極的無責任で物事に集中する

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生産性を高める方法として1つ、ノーベル物理学受賞者のリチャード・ファインマン博士による「積極的無責任」という考え方をシェアします。

 

積極的無責任とは?

 

博士自身の発言が一番的を得ているでしょう。

 

「自分は無責任だから、責任ある仕事はできないと言い切ることで、よけいなものをすべて放棄し、自分のやるべきことに集中することができ、はじめて大きなことが成し遂げられる」

 

今まで誰にも成し遂げられなかった偉大な業績には、よけいな約束や業務に関わっている時間はない。

 

博士は物理学を極めるため、研究以外の「雑事」を一切引き受けないことに決めました。そのために自身を「社会的無責任論者」と呼び、周りにも言いふらすほど。

 

例えば、何か雑事をお願いされたとき「いやいや、そんな責任ある仕事は出来ないですよ」。「自分は無責任だから、約束を守れるかはわかりませんよ」と忠告しておく。

 

物理学で本当によい仕事をするには、まとまった時間が絶対に必要だ。そのためには高度な集中力がいる。もし何か責任のある仕事についていたら、とてもそんな時間はとれないだろう。

 

そこで、わたしは自分に言い聞かせるための新たなウソをこしらえた。それは、「自分は無責任な男」というもの。積極的に無責任な態度をとることに決めたんだ。みんなには「ボクは何もしないよ」と伝えたよ。もし誰かに書類審査をお願いされても、「いや、ボクは無責任だから」と答えたんだ。

 

こんな逸話が残っているほどです。

 

雑事を放棄してまでもやりたい事があるか

 

ここまでしないと、成し遂げられないような偉大な業績。「そこまでするか」というのが正直な感想なのではないでしょうか。

 

また、「雑事」が周り巡って自分のチャンスに結びつく可能性もある。事実、最初から思い描いたキャリアや自分のやりたい事が続けられるケースはレア。

 

それは「飽き」だったり、「こっちの分野の方が向いてそう」といって転向するからですが、イノーベーションは起こそうとして起こすものでないので、回り道は必須といえる。

 

ただ、「ちょっとした暇すら惜しい」「これは人生を通して向き合いたい」といった分野に出会えるのは、「やりたい事がない」「生きている意味が見出せない」人にはある種一筋の光になるかもしれません。

 

事実、博士は好条件な仕事や地位に見向きもしなかった。人間の承認欲求を満たすような(地位、名声、お金)に誘惑されるから、研究に没頭できないといえる。

 

業績を残すと、嫌でも社会的影響力という本来であれば好ましいはずの「副産物」が生まれてしまう。後世に名を残せるかどうかは、この副産物との付き合い方にあるかもしれません。

 

しかし、再現性は低い

 

一言でいえば、高い対人スキルが必要だからです。

 

博士の発言をバイアスを取り除いて、例えば同僚や同級生が言ったとしたらどうでしょうか?「いやいや、やれよ」と思うだけでしょう。

 

博士もしっかりと「そういう人だから」と言われるブランドとキャラクターを周囲とうまくやりながら構築していました。

 

落とし所としては、例えば会社において、「この人はAという業務が特に秀でているから、Bをやらせるには時間がもったいない」と認知されるように特化することでしょう。

 

自分から「無責任」とは言いませんが、「適正がない」と認知されるようにするのが吉といえます。

 

【積極的無責任】まとめ

 

生産性を高めるため、物事に集中するために「積極的無責任」という考え方について触れてきました。しかし別に何かしなくても構わない。「自分の時間を守る」と考えれば、誰でもこの考え方は有用です。

 

メンタリストDaiGoさんやパレオな男でお馴染みの鈴木祐さんといった、頭の良い人が「博士のような天才ですら、無責任でしか自分の時間を守れなかったから、自分はもっと無責任にならなければ(笑)」と仰っています。

 

自分の好きや、やりたいことを形にするためにも、「得意な事」「キャラクター」は自分から積極的に発信していく必要があるのではないでしょうか。

 

では、また。

 

 

 

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